2011年11月19日土曜日

同窓会議事録④

みんなそれぞれに年を取って違う暮らしをしているけど
こども時代の短い時間を一緒に過ごした人たちと
こうしてまた会ってごはんを食べたりする。
最初の緊張はどこへやら、懐かしくて楽しい同窓会だった。
みんな元気ってのがほんといいね。
仕事で来られなかった人たち、今度はおいでよ。

またね、と言ってまっすぐそれぞれのうちへ帰る。
あーこの感じこどもの時と一緒だ。

おわり

つま

同窓会議事録③

女の子たちは私以外専業主婦であった。
こどもがかわいいと言い、旦那が亭主関白で何もしない人で…と言い、
我が家にこどもはおらず、オットは亭主関白でないので
ここで「我が家は夫婦ふたりでテキトーに暮らしています」
なんてことは言えないので黙っておくことにしよう。

そこで先生から「じゃあしょうこちゃんは働いてるんだね」とナイスパスが入った。
文具メーカーの営業をしています、と言うと先生が言いかける。
「コ…」
コクヨじゃないです
「パ…」
パイロットじゃないです
「サ…」
サンリオじゃないです、ですからそういう大きいところじゃないです。

かなしき中小企業の実情。

最終回④につづく

つま

同窓会議事録②

集まったのは担任の先生と男子3人女子3人だった。
そして一コ上の先輩1人。小学生の時は先輩後輩なんて概念はなく
みんなでごにょごにょになりながら遊んでいたと思うが
今となっては先輩としか呼び様がない。

半数が(といっても4人)地元に残っており
その人たちはさほど久しぶりという感じでもない感じ。
本当に久しぶりだった私は、
久しぶりの人に言う言葉ってなんだろうと考えていたが
結局みんなに会った瞬間出てきた言葉は
「久しぶりすぎて何と言っていいかわからない。」
という、しごく正直なものであった。

先生も相変わらず現役で、びしっとしたかつての先生であった。
みんなもみんなそれぞれに30歳らしくなっており、
でも話すことは小学校のときのどうしようもなくくだらない思い出。

ネコヤナギを枕元に置いて寝ると翌朝猫が生まれている
そのスプーンの裏側には毒が塗られている
マーブルの紙の作り方は教えられない

などの、こどもだった私のバカな言動を今更ここで発表しないでくれと
言いたかったが、きみたちよく憶えてるねと感動すらおぼえましたよ。
頼むから、忘れてくれないか。

③につづく

つま

同窓会議事録①

その日の集合時間の一時間前にはその場所にスタンバイするという
小心者全快なあたし。その長い一時間は緊張で生きた心地がしなかった。

ただの同窓会なのにね。

私が通っていた小学校は全校生徒30人くらいで
当然ながら各学年1クラスしかなく、私の学年は全員で8人でした。
男子5人女子3人。全員来てもたったの8人なんだから
気軽な飲み会だろう、がんばれ私。
いくら15年ぶりでも忘れられてるってことはなさそうだぞ、
実際よばれてるんだから。普通を装え、だいじょうぶだいじょうぶ。

ひっぱる程のことでもないが
長くなりそうなので②へつづく

つま

2011年11月17日木曜日

あれから2ヶ月

いつもの喫茶店が無くなってから2ヶ月。

私は次なる「いつもの喫茶店」を
探し彷徨っています。

最初の1週間で豪徳寺をあきらめ、
次の2週間で隣町の梅が丘・経堂をあきらめ、
辿り着いたのは、やはり下北沢になってしまったようです。

しかし、家の近くにあるからこそ「いつもの喫茶店」が成立するわけで、
電車でいったり、徒歩20分〜30分かけて行く喫茶店では「別館」と呼べないものです。


せめて豪徳寺にドトールがあれば・・・

今は無き別館