2013年3月2日土曜日

びーぴーあい

2010年から友人と取り組んでいた写真のWebプロジェクトが、
今月で終わることになった。

過去の写真を振り返ると、当時のことが思い浮かび感慨深くなる。


しかし、このサイトは何人の人が定期的に閲覧したのかと思うと
知らない方が良いと思い、アクセス数は見ないでおくことにした。
人は知らなくてもよいことは、知らない方が良いのである。

一応、最後にまだご覧になってない方がおりましたら、
見てあげてください。

こちらです→BPI

2013年2月23日土曜日

人類の歩み なんでなんで攻撃

なんで一緒に行っちゃだめなの?
おねいちゃんの友達だから!
なんでおねいちゃんの友達だと行っちゃだめなの?
おねいちゃんと約束してるの!
なんでおねいちゃんと約束してるの?
なんで、なんで、なんで

最後は決まって
なんで「なんで」って言っちゃいけないの?となる。
そんななんでなんで攻撃に耐えきれない姉は
「おかーさん!みさがなんでなんでって言う!」と
泣きながら窮状を訴える。
うしろで妹が連れてってもらえない悲しさから大声で泣いている。

「連れてってあげなさい。」

(え、なんで。。。?)と思いながら
ああ、そうですね、そうなりますよね
それが一番手っ取り早い解決法ということになりますよね。
と思えるようになるまでは反抗したり連れて行かなかったりしてたのでしょう。
妹を置いて走って逃げたりしてたかな。たまには連れてったけどね!
妹の面倒を積極的に見たい時と、こいつさえいなければという時が
結構な入れ替わりで私の気分を左右していたと記憶します。

いつだってなんでなんでと思うことあり飲み込めよなにがなんでも

私ががまんすればいいか。。。という気質があり、
いいですよいいですよ、と何でも受け入れる態勢はもう出来上がっているが、
ここらでもうひとつ成長したい、そんな時期ではないかと考えます。
「連れてってあげなさい。」と言えるようになって
相手の(え、なんで。。。?)を飲み込ますくらいの気概と迫力を持とうじゃないか。


つま


2013年2月17日日曜日

いつもの喫茶店

いつもの喫茶店が
最近、とても混雑している。
とても私の別館と呼べるような空間ではなくなってしまった。

いつもの喫茶店は、繁盛していない方が良いと勝手に思う今日この頃である。

2013年1月19日土曜日

納豆に七味が大流行

納豆をご飯にかける。
ご飯に数粒の納豆をのせたまま口まで運ぶ。
これは大人だからこそ出来る仕草である。

子どもはご飯と納豆のバランスをうまく取れないばっかりに
ご飯粒と納豆粒をぐちゃぐちゃに混ぜて食べる。
修行中の身であった20年ほど前の私もそのように食べていた。
大人になったな〜としみじみと納豆を噛みしめて

大人発想(七味追加の部分が大人)で今日はおしまい。


愛用中の七味唐辛子

















つま

親戚が集まっても大人しかいないつま実家

とこちゃんが
「まさひろちゃんはさ、悟ってもないのになんで右往左往しないの!」と言った。
とこちゃんは酔っぱらっていたので同じことを何度も何度も大声で繰り返す。
「だって悟ってもないのにさ!」「全然ジタバタしないんだよ!」
ずっとこの調子。

「なんでとこちゃんに悟ってないって言われなきゃならないの」と
まさひろちゃん(とこちゃんの従兄弟)は至極冷静である。
ジタバタしたってしょうがないじゃない、というのが持論であった。

この日とこちゃんはまだしらふのうちに
「iPodに音楽を入れたのにどういうわけかまだ聴こえてこない」
という迷言も発していた。まだ、ってそれいつか聴こえてくるのかしら?

こんなにゆかいなとこちゃんは見たことがなかった。
父の弟で、だから私の叔父さんのとこちゃん50代、
なんでとこちゃんとみんなから呼ばれているのか
ずっと謎のまま今日に至る。

大人は子どもがいない場所では子どもより子どもかもしれない。
みんな元気で死なないでこのままならいいのに。
死んだら天国でまた会えるんじゃないかい。

子ども発想で今日はおしまい。


とこちゃんの好きなマンガ


















つま

2013年1月5日土曜日

ひますぎておもいだしたこと


エロール•ル•カインの美しい絵




















5年前に結婚してテレビのない生活になった当初に
オットに紙芝居を読む、ということをやったのを思い出した。
なんとなく「絵」的なものを欲したのだと思う。
その時は「大人だから絵として楽しめる紙芝居がよい。」ということで
エロール•ル•カインという作家の絵のものを選んだ。
緻密に描かれたすばらしい絵であった。
オットは「テレビよりおもしろい」とよろこんだ。
時には大笑いを取ることが出来、読み甲斐を感じないでもない。

それから何度か日本昔話のようなオーソドックスなものも借りて
何度か紙芝居を放映したが、紙芝居というのは芝居というだけあって
読む方の技術と表現力が相当必要であることに気づき
読むのは私であるため少しずつ面倒になり今では過去の話である。

紙芝居といえば小学校時代に山森先生と「ごんぎつね」の紙芝居を作成し、
オットのお姉さん(先生をしている)一家と「泣いた赤鬼」を作り上げた。
「泣いた赤鬼」に関しては多すぎるギャランティーを頂き恐縮であった。
しかしながら、読むのも大変だが作るのはもっと大変なのである。
そんな一筋縄でない紙芝居。
ちょっと切っても切れないなというのが本心であり、
物思う正月の今日この頃である。


男前!のエロールさん
















つま