2011年11月19日土曜日

同窓会議事録②

集まったのは担任の先生と男子3人女子3人だった。
そして一コ上の先輩1人。小学生の時は先輩後輩なんて概念はなく
みんなでごにょごにょになりながら遊んでいたと思うが
今となっては先輩としか呼び様がない。

半数が(といっても4人)地元に残っており
その人たちはさほど久しぶりという感じでもない感じ。
本当に久しぶりだった私は、
久しぶりの人に言う言葉ってなんだろうと考えていたが
結局みんなに会った瞬間出てきた言葉は
「久しぶりすぎて何と言っていいかわからない。」
という、しごく正直なものであった。

先生も相変わらず現役で、びしっとしたかつての先生であった。
みんなもみんなそれぞれに30歳らしくなっており、
でも話すことは小学校のときのどうしようもなくくだらない思い出。

ネコヤナギを枕元に置いて寝ると翌朝猫が生まれている
そのスプーンの裏側には毒が塗られている
マーブルの紙の作り方は教えられない

などの、こどもだった私のバカな言動を今更ここで発表しないでくれと
言いたかったが、きみたちよく憶えてるねと感動すらおぼえましたよ。
頼むから、忘れてくれないか。

③につづく

つま

同窓会議事録①

その日の集合時間の一時間前にはその場所にスタンバイするという
小心者全快なあたし。その長い一時間は緊張で生きた心地がしなかった。

ただの同窓会なのにね。

私が通っていた小学校は全校生徒30人くらいで
当然ながら各学年1クラスしかなく、私の学年は全員で8人でした。
男子5人女子3人。全員来てもたったの8人なんだから
気軽な飲み会だろう、がんばれ私。
いくら15年ぶりでも忘れられてるってことはなさそうだぞ、
実際よばれてるんだから。普通を装え、だいじょうぶだいじょうぶ。

ひっぱる程のことでもないが
長くなりそうなので②へつづく

つま

2011年11月17日木曜日

あれから2ヶ月

いつもの喫茶店が無くなってから2ヶ月。

私は次なる「いつもの喫茶店」を
探し彷徨っています。

最初の1週間で豪徳寺をあきらめ、
次の2週間で隣町の梅が丘・経堂をあきらめ、
辿り着いたのは、やはり下北沢になってしまったようです。

しかし、家の近くにあるからこそ「いつもの喫茶店」が成立するわけで、
電車でいったり、徒歩20分〜30分かけて行く喫茶店では「別館」と呼べないものです。


せめて豪徳寺にドトールがあれば・・・

今は無き別館

2011年10月28日金曜日

deja-vu

たまたま御茶の水に行ったら「神田古本まつり」がやっていて、
衝動的に、欲しいものがあった訳でもないのに、
「何か」を求めて「何か」を探してしまった。

探し彷徨うこと2時間、
「何か」をついに探し出してしまった。


「deja-vu」と聞いて「あ〜写真の雑誌」ってわかる人は、
どのくらいいるのだろうか?

90年代に刊行された写真についての季刊雑誌です。
島尾伸三のインタビューがとてもおもしろく、
共感しました。

神田の喫茶店で熟読し、感服しながら豪徳寺に着き、
帰り道の古本屋につい立ち寄ったら、
あらま〜なんと、入手困難なその「deja-vu」がその古本屋にも・・・


「deja-vu」?



2011年10月22日土曜日

我らが尾崎は知っている

我々夫婦はロストジェネレーション世代。

自己実現という言葉に踊らされ、
「自分らしく生きたい」という風潮がある時代に
就職活動を行いました。

たしか山一証券の倒産があり、企業でのリストラが加速し、
大企業に勤めれば安心とうい就職論よりも、
「自分らしく働くには」という小難しいことを考えていた時代。


しかし、今にしておもうが、
仕事というものは「自己実現」する為の場であるまえに、
他人の為に自分が何をしてあげられるかというような
いわば「他己実現」を提供することではないか。



世代は若干違うが、若者の代弁者こと「尾崎豊」は
若者のことを歌っているが、大人のまなざしである。

「自由になれた気がした 15の夜」

2011年10月21日金曜日

先月分も見てね

シャッターチャンスしかなかった。
今月も更新されました。


つま

2011年10月20日木曜日

猫派なもので