たまたま御茶の水に行ったら「神田古本まつり」がやっていて、
衝動的に、欲しいものがあった訳でもないのに、
「何か」を求めて「何か」を探してしまった。
探し彷徨うこと2時間、
「何か」をついに探し出してしまった。
「deja-vu」と聞いて「あ〜写真の雑誌」ってわかる人は、
どのくらいいるのだろうか?
90年代に刊行された写真についての季刊雑誌です。
島尾伸三のインタビューがとてもおもしろく、
共感しました。
神田の喫茶店で熟読し、感服しながら豪徳寺に着き、
帰り道の古本屋につい立ち寄ったら、
あらま〜なんと、入手困難なその「deja-vu」がその古本屋にも・・・
「deja-vu」?
2011年10月28日金曜日
2011年10月22日土曜日
我らが尾崎は知っている
我々夫婦はロストジェネレーション世代。
自己実現という言葉に踊らされ、
「自分らしく生きたい」という風潮がある時代に
就職活動を行いました。
たしか山一証券の倒産があり、企業でのリストラが加速し、
大企業に勤めれば安心とうい就職論よりも、
「自分らしく働くには」という小難しいことを考えていた時代。
しかし、今にしておもうが、
仕事というものは「自己実現」する為の場であるまえに、
他人の為に自分が何をしてあげられるかというような
いわば「他己実現」を提供することではないか。
世代は若干違うが、若者の代弁者こと「尾崎豊」は
若者のことを歌っているが、大人のまなざしである。
「自由になれた気がした 15の夜」
自己実現という言葉に踊らされ、
「自分らしく生きたい」という風潮がある時代に
就職活動を行いました。
たしか山一証券の倒産があり、企業でのリストラが加速し、
大企業に勤めれば安心とうい就職論よりも、
「自分らしく働くには」という小難しいことを考えていた時代。
しかし、今にしておもうが、
仕事というものは「自己実現」する為の場であるまえに、
他人の為に自分が何をしてあげられるかというような
いわば「他己実現」を提供することではないか。
世代は若干違うが、若者の代弁者こと「尾崎豊」は
若者のことを歌っているが、大人のまなざしである。
「自由になれた気がした 15の夜」
2011年10月21日金曜日
2011年10月20日木曜日
猫派なもので
私自身はtwitterをやったことはないが
友人のtwitterから時々おもしろい情報を得ることがある。
本気でtwitterをやりはじめたりしたら一日が何時間あっても足りないだろう。
つま
2011年10月15日土曜日
どくとるマンボウ
エッセイという本のジャンルがありまして。
「エッセイとは自慢」という解釈を北杜夫かなにかで読んだ。
昨日見栄について書いて、今日は自慢について書こうというわけです。
自分を良く見せようというどろどろの思いにまみれたブログ。
にならないよう、さわやかにどうぞ!
本屋で売られているエッセイは作家や芸能人が書いているので、
そういう特別な存在の方たちはとても一般人が知りうることのない世界を知っていて
まずもって「いいなー、色んな国に行けて」とか
「行ってみたいなー、何かのパーティー」という気持ちになる。
本当のところ旅行は好きでないしパーティーだって楽しめる技術は持っていないので
べつに憧れてもいないけど、書かれている自慢にすなおに反応してしまうんだな。
あたしバカだから。
で、この文章が決して本になることのないエッセイだとすれば
どこかに自慢が隠れているにちがいない。
今日のところは「北杜夫を読んでいる、文学的な私」というところだろう。
だからなに〜?
今までもこれからもこのようなアピールを織り交ぜながら書いていくんだろう、
という自覚をもつことを自分に約束しよう。
ばかだね ばかだね ばかだね あ〜たし〜(桜田淳子「化粧」より)
だからなんなんだ、といったところで今日はおひらき!
つま
「エッセイとは自慢」という解釈を北杜夫かなにかで読んだ。
昨日見栄について書いて、今日は自慢について書こうというわけです。
自分を良く見せようというどろどろの思いにまみれたブログ。
にならないよう、さわやかにどうぞ!
本屋で売られているエッセイは作家や芸能人が書いているので、
そういう特別な存在の方たちはとても一般人が知りうることのない世界を知っていて
まずもって「いいなー、色んな国に行けて」とか
「行ってみたいなー、何かのパーティー」という気持ちになる。
本当のところ旅行は好きでないしパーティーだって楽しめる技術は持っていないので
べつに憧れてもいないけど、書かれている自慢にすなおに反応してしまうんだな。
あたしバカだから。
で、この文章が決して本になることのないエッセイだとすれば
どこかに自慢が隠れているにちがいない。
今日のところは「北杜夫を読んでいる、文学的な私」というところだろう。
だからなに〜?
今までもこれからもこのようなアピールを織り交ぜながら書いていくんだろう、
という自覚をもつことを自分に約束しよう。
ばかだね ばかだね ばかだね あ〜たし〜(桜田淳子「化粧」より)
だからなんなんだ、といったところで今日はおひらき!
つま
2011年10月14日金曜日
高水山のいただきに
そびえたつは青梅第9小学校。
全校生徒30人あまり。同級生はたったの8人。
計画中の同窓会ではあるが
この8人のうち、ひとりでも欠ければ成り立たないんではないか?
いっそ全校生徒で集まったっていいくらいでしょう。
芋づる式に兄と妹と私が3人揃ってしまうよ!
年の差!なんて!
つま
全校生徒30人あまり。同級生はたったの8人。
計画中の同窓会ではあるが
この8人のうち、ひとりでも欠ければ成り立たないんではないか?
いっそ全校生徒で集まったっていいくらいでしょう。
芋づる式に兄と妹と私が3人揃ってしまうよ!
年の差!なんて!
つま
マジカルバナナ
バナナといえば きいろ。
見栄を張るといえば 同窓会。
最近小学校時代の同級生からメールが来た。
おおよそ10年ぶりのメールであった。
お世話になった先生に会いに行くので何かメッセージがあれば伝えます、という内容だった。
突如その時代のことを思い出すのはなかなか大変な作業であったが
きらいな牛乳を飲んでくれていた先生だったので近況報告をかねてひとこと伝えた。
その流れで、その同級生と何度かメールをやりとりしてわかったことは
彼女は野村さんから小池さんになった、ということであった。
20歳から30歳という時間をまったく違う時間を過ごしており
もう同級生とは何者なのかもわからない、ということである。
それでもつながってしまって、今日限りサヨウナラ。
とはいかないのがメール時代の昨今である。
とどのつまりはこの秋、同窓会が開催されることになり、
10年以上ぶりに同級生に会い、
そして少なからず見栄を張るんだろうな、と考えて
今から自己嫌悪に陥るつまなのであった。
きっと、まちがいなく、おおげさではない、見栄を張るにちがいない。
どこ住んでんの〜?
せ、せたがや。。。
つま
見栄を張るといえば 同窓会。
最近小学校時代の同級生からメールが来た。
おおよそ10年ぶりのメールであった。
お世話になった先生に会いに行くので何かメッセージがあれば伝えます、という内容だった。
突如その時代のことを思い出すのはなかなか大変な作業であったが
きらいな牛乳を飲んでくれていた先生だったので近況報告をかねてひとこと伝えた。
その流れで、その同級生と何度かメールをやりとりしてわかったことは
彼女は野村さんから小池さんになった、ということであった。
20歳から30歳という時間をまったく違う時間を過ごしており
もう同級生とは何者なのかもわからない、ということである。
それでもつながってしまって、今日限りサヨウナラ。
とはいかないのがメール時代の昨今である。
とどのつまりはこの秋、同窓会が開催されることになり、
10年以上ぶりに同級生に会い、
そして少なからず見栄を張るんだろうな、と考えて
今から自己嫌悪に陥るつまなのであった。
きっと、まちがいなく、おおげさではない、見栄を張るにちがいない。
どこ住んでんの〜?
せ、せたがや。。。
つま